10. SN比の計算方法



10.1 蛍光分光光度計のSN比の決定:正確な感度比較を確実に得るための方法と式


はじめに

蛍光法は高感度の分析技法であるため、蛍光分光光度計を選ぶ際に検討すべき主な仕様の1つは、その感度です。蛍光分光光度計の感度は、例えば光学設計、与えられる励起光の強度、蛍光収集効率、分光器の設計、検出器の技術などを含む多くの要素で決定されますが、これらに限定されるものではありません。例えば、ワット数の高い照明器具を備えたシステムが全体的により良い蛍光感度を提供することを保証するわけではありません。 高感度の蛍光分光光度計の製造に非常に多くの変量が使われることから、ユーザーが実施できる標準的な参考試験で蛍光分光光度計を互いに適正に比較することが必要です。 かつて、一部の蛍光分光光度計メーカーは、硫酸キニーネやフルオレセインのような特定の蛍光分子についての検出限界を使用して感度を実証していました。しかし、今日では、最も感度の高い蛍光分光光度計でこのような低濃度の蛍光体を検出することができるため、検出限界までの連続希釈を正確に行うことが困難になっています。そのため、異なる計器間の相対的な感度を測る正しい尺度として、水のラマン試験が業界標準になっています。世界中で超純水が簡単に手に入り、試料は安定しており、信号は比較的弱く、さらに水のラマンバンドは計器の全波長範囲にわたり測定されて単一の蛍光プローブで行うよりも確実な比較を可能にするという理由からも、水のラマン試験は好ましいといえます。この感度の仕様は、純水のラマン振動バンドの発光スペクトルに由来します。通常、365~450 nmの発光スキャンで350 nmで選択した励起波長を使用して取得されます。一般的に、蛍光分光光度計の感度は、信号がある場合の信号値と信号のない場合のシステム雑音値を比較した信号対雑音比(SNR)で表されます。 残念ながら、全てのメーカーがこのデータセットを取得するために同じ実験条件を採用しているわけではなく、また、取得したデータのSNRの計算時に同じ式を使用するわけでもありません。データの収集や分析には正しい方法や間違った方法があるわけではありませんが、方法や分析が異なると全く違った数値となってしまいます。そのため、水のラマンスペクトルの取得方法を知るだけでなく、データの処理方法を知ることも重要です。データを確実に同じ方法で取得・分析すれば、2つの異なる蛍光分光光度計を公平に比較することができます。


SN比FSD(SQRT)手法の計算式

HORIBAは、これまで数十年にわたり、ピーク信号からバックグラウンドを差し引いたものをバックグラウンドの平方根で割った値として、SNRを定義してきました。これをFSD手法(第一標準偏差)と呼びます。 これは、平方根(SQRT)法とも呼びます。 FSDのSN比の式を以下に示します。


ピーク信号を、397 nm(350 nmの励起による)における水のラマンピーク強度で測定し、ノイズをラマン信号のない領域(450 nm)で測定します。完璧な光学系では、450 nmでラマン発光がないことから信号がありませんが、全ての電気光学システムにはある程度の迷光と雑音があり、これは450 nmにおける信号に寄与します。前式では、雑音はポアソン統計により左右されると仮定するため、450 nmでのベースライン信号カウントの平方根として雑音が計算されます。これは光子計数検出にのみ適用できるため、比較目的では、光子を計数する2つの蛍光分光光度計を比較する場合にのみ使用すべきです。

RMS法

よく使用されるもう1つの方法は、ピーク信号 – バックグラウンドの差をバックグラウンドの雑音の自乗平均根(RMS)値で割る方法です。この第二の手法は、多くのメーカーで使用されていて、強度単位がメーカーごとに異なるようなアナログ検出器を使用する蛍光分光光度計に対する最善のアプローチです。 RMSの信号対雑音比の式を以下に示します。


分母のRMS雑音値を正しく測定するために、蛍光計で350 nmで励起し450 nmのある一定時間内に取得する信号強度を利用します。 RMSの式は次のようになります。

ここで、時間に基づくバックグラウンドはn回測定され、Sはスキャン全体の平均強度値です。 全てのメーカーが前記のRMSの式を使用するわけではありません。およそ420~450 nmのオフピークのデータのピーク間雑音を使用するメーカーもあれば、スペクトルのオフピーク部分によるRMS推定値を使用するメーカーもあります。ただし、RMS雑音を特定する方法は、計算に全く同じ式を適用することほど重要ではありません。 要するに、水のラマンバンドのSN比を計算する最善の方法といったものはなく、各メーカーはそれぞれ様々な方法を使用しています。FSD手法は、光子を計数する蛍光分光光度計の比較にのみ有効です。アナログ検出を用いる複数のシステムを比較する場合には、RMSまたは他のRMS推定法を使用すべきです。

試験方法

SN比の計算に使用する式が見かけ上の感度に効果を与えることがあるのと同じように、計器のハードウェア構成とデータ取得における実験パラメーターも、取得するスペクトルの品質に大きな影響を及ぼします。 分光蛍光計の測定感度に影響を及ぼす多くのパラメーター、設定およびオプションがあります。これらが同様に使用されないと、2つの異なる計器の相対感度を確実に比較することは非常に難しくなります。以下に、これらの各要素と、これにより得られるデータへの影響について説明します。


全ての走査式蛍光計に適用可能


励起波長:励起波長は、比較される全てのシステムで同一とします。HORIBAの方法では、水のラマンバンドに350 nmの励起を使用しますが、他のほとんどのメーカーも同様です。350 nmで励起すると、ラマン発光バンドのピークは397 nmになります。 幸いにも、ほとんどのメーカーがこの励起波長で統一しているため、一層良好な比較が可能です。しかし、様々な波長範囲(例えば、NIR)での感度を試験するために励起波長を他の値に移動させることも可能です。

発光スキャン範囲:HORIBAの方法では、365~450 nmを0.5 nmずつ増加して放射モノクロメーターでスキャンし、397 nmでの全ラマンピークと450 nmでのバックグラウンドも収集します。

バンド幅(スリットサイズ):HORIBAの方法では、励起分光器と発光分光器の両方で5 nmのバンドパススリットを使用します。一部のメーカーは、5 nmに比べて感度向上の効果が高い10 nmのスリットを指定しています。分光器の入口と出口のスリットサイズを物理的に倍にすると、スループットはサイズの2乗になるため励起と発光の強度検出は4倍になります。HORIBAは、Fluoromaxにおいてスリットサイズを5 nmから10 nmへと倍にすると、水のラマンバンドの全体的な信号対雑音比が3倍以上増加することを観測しました。しかし、これは全ての蛍光計で異なるため、同一のバンドパスで比較するようにしてください。

積算時間(応答時間):これは、検出器が所定の波長ステップ位置で信号を収集できる時間を意味します。これは、感度において重要な役割を果たします。HORIBAの方法では、他のメーカーと同様に、各波長位置で1秒間の積分時間を使用します。しかし、一部のメーカーは、全体的な信号対雑音比がほぼ2倍に増加する2秒間の応答時間を指定しています。比較時には、必ず同じ積分(応答)時間を使用してください。

PMTの種類:ほとんどの蛍光分光光度計では、光電子増倍管(PMT)を使用します。PMTの種類は多く、様々な波長範囲と仕様を備えたPMTを選択することができます。可視領域の波長に対応するPMTはダークカウントが低いため、350~400 nm範囲で良好なSN比を得ることができますが、これは全発光波長範囲では使用できない場合があります。蛍光分光光度計のFluoroMax Plus、Fluorolog3で使用されるHORIBAの標準PMTは、R928P PMTであって、これは蛍光分光光度計の業界標準と考えられています。このような場合、可能であれば各蛍光計で同じPMTを用いるようにしてください。

光フィルター:光フィルターは、試料の励起側または発光側のいずれかで、蛍光分光光度計の光路に追加されます。これは、試料室内部のフィルターホルダーに手動でセットするか、または異なる実験プロトコルを選択する場合には異なるフィルターを光路に自動配置できるフィルターホイールを使用する場合もあります。光フィルターは、所定の波長で迷光排除を向上する効果があるため、蛍光分光光度計のSN比を劇的に向上することができます。HORIBAは、FluoromaxまたはFluorolog3シリーズの仕様で水のラマンのSNRを規定する際には、走査式分光計以外で光フィルターを使用することはありません。HORIBAの蛍光分光光度計を自動フィルター採用の蛍光分光光度計と比較する際には、フィルターを使用しないでください。自動式の場合には、使用されているフィルターの型式と種類および採用されている箇所を確認して、HORIBAの蛍光計で同様の実験方法を再現してください。


モジュラー型研究用蛍光計に適用可能


検出器の種類:モジュラー型研究用蛍光分光光度計は通常、標準としてPMT筐体を含みますが、波長範囲を拡張するために各種の単一チャンネル検出器も使用することができます。代替的な検出器としては、冷却PMT筐体、InGaAsのような多様な半導体検出器、MCP PMTなどがあります。これらの各種検出器は、特定の試料測定の信号対雑音比に劇的な影響を及ぼすため、ここでも、蛍光分光光度計の間で感度を比較する場合には、必ず同じ種類の検出器を使用して両システムのデータを収集してください。

検出器の温度:大多数の市販の蛍光分光光度計は、冷却されないPMT筐体を使用し、実際に多くの装置は冷却検出器オプションさえありません。冷却PMT筐体は、自然放熱筐体内の全く同じPMTと比較して、ダークカウントを低減することにより計器の感度を向上することができます。FluoroMaxPlus、Fluorolog3のHORIBAの標準PMT筐体は、自然放熱PMT筐体ですが、Fluorolog3シリーズでは、感度とNIR検出を向上するためにオプションで冷却PMT筐体を提供しています。モジュラー型研究用蛍光分光光度計を比較する際には、必ず同じ種類のPMT筐体(自然放熱または冷却)を使用して収集したデータを比較し、そして冷却する場合には同じ温度まで冷却して収集したデータを比較してください。

シングル分光器vs.ダブル分光器:モジュラー型研究用蛍光分光光度計により研究者は、励起光路または発光光路のいずれかでシングル分光器かダブル分光器を選ぶことができます。ここで、ダブル分光器という用語は、入口スリット、中間スリットおよび出口スリットを備えた回折格子が2段連続して配置されているものです。ダブル分光器は、加分散モードと差分散モードのいずれかに設定できますが、いずれの場合も、シングル分光器とダブル分光器でスループットと迷光特性は著しく異なり、バンド幅や積分時間や波長を全て一定に保ったとしても水のラマンスキャンのSNRに大きな影響を与えます。

格子の刻線密度:格子の刻線密度もスループットに影響を及ぼし、さらには蛍光分光光度計の感度にも影響を与えます。ほとんどの蛍光分光光度計では、1つの特定の回折格子のみを含むためそれほど問題にはなりません。この場合、最も重要なことは、バンドパスを同じに設定することです。しかし、モジュラー型蛍光分光光度計では、様々な格子または複数の格子で分光器を構成することができます。このようなシステムでは、可能な限り同じ条件を維持するよう慎重になる必要があります。例えば、類似した焦点距離の分光器を備えた2つの計器がある場合、格子の刻線密度を変更すると同じ5 nmのバンドパス設定の感度が上昇または低下することになります。HORIBAの手法では、1 mm当たり1200本の刻線数の格子を使用します。

格子のブレーズ角:励起分光器または発光分光器用に選ばれた格子は、特定波長帯で最適なスループットを提供します。これは、格子面になされる格子エッチングの角度により決定されることからブレーズ角と呼ばれます。そのため、350 nmのブレーズド励起分光器を備えた励起分光器と400 nmの発光分光器は、350 nmでの励起時の水のラマン感度を達成する最適な選択です。大多数の蛍光分光光度計では格子を調節できないため、これは要素として含まれませんが、格子を選択できる蛍光分光光度計については、公平な比較を行うためにブレーズ角が同じか非常に類似した格子を必ず選択してください。
実験結果

超純水のラマン発光スキャンの実験条件は次のとおりです。


  • 5 nmのバンドパスで350 nmの励起
  • 5 nmのバンドパスで365~455 nmの発光
  • 0.5 nmの発光波長ステップ間隔
  • 1200 g/mmの励起格子と発光格子
  • −20°Cに冷却されたR928 PMT
  • 1秒間の積分時間
  • 単一発光スキャン(繰り返しなし)
  • データ点の平滑化なし
  • いかなる種類の光フィルターもなし
結論

実験条件と計算式ともに矛盾なく確実に適用するよう注意する必要はありますが、水のラマンSN比は、ある蛍光分光光度計を別の蛍光分光光度計と比較した相対感度の良好な決定方法といえます。 光子を計数する蛍光分光光度計を比較する場合には、FSD(SQRT)手法が望ましいです。 HORIBAには、蛍光関連機器製造において数十年にわたる優れた伝統があり、業界トップの感度仕様を達成する条件をご説明いたします。

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