ラマン分光装置とは、試料から散乱されるラマン散乱光を検出することで、試料の分子構造同定や物性を評価する装置です。

ラマン分光装置の構成

図1はラマン分光装置の一般的な構成になります。ラマン分光装置は励起光源、レイリー散乱光を除去するフィルター、ラマン散乱光をスペクトルに分解する分光器、検出器で構成されます。光源からの照射光は試料に導かれ、試料を照射し励起します。試料から発生した散乱光はフィルターを通してラマン散乱光だけを分光器に導入し、検出器でスペクトルを記録します。

図1 ラマン分光装置の構成
図1 ラマン分光装置の構成

光源、分光器、検出器の選び方

観察物質の持つ分子構造や物性を詳しく知るためには、ラマン分光測定に適した光源、分光器、検出器が必要です。 ラマン分光測定を行う際の、光源、分光器、検出器の選び方を紹介します。

光源の選び方

ラマン散乱光の強度は微弱なため、十分なラマン散乱光を発生させる高品質な励起光源が必要になります。 現在のラマン分光法の光源には、ほとんどレーザーが用いられています。従来は、ガスレーザーが多く用いられてきましたが、最近では小型で高出力を持つ固体レーザーも多く使用されるようになってきています。青色/緑色レーザーは、励起効果も高く化学的に安定な固体結晶等の分析に多く用いられています。 一方で、有機物などでは試料ダメージや蛍光が発生することがあり、ポリマーを観察する場合、赤色レーザーを用いて蛍光の発生を抑えながらラマン分光を行うことが多いです。観察物質からの蛍光による干渉を避けるため、励起・測定波長領域を適切に選択し、効率よくラマン分光を行うことが重要です。近赤外(NIR: ~1064 nm)や紫外(UV: 200 nm~)のラマン分光は、蛍光の干渉を避けるために用いられています。 もうひとつ、異なる励起波長を使用する上で重要な点は、スペクトルの測定波長範囲があります。赤色レーザ(633 nm励起)で波数範囲 0~3800 cm⁻¹までのラマンスペクトルを測定した場合、その波長範囲は633~835 nmで、202 nm程度の領域で分子振動を観測することができます。 一方、同じ波数範囲のスペクトルを紫外レーザ(244 nm励起)で測定した場合、その波数範囲に対応する波長範囲は244~269 nmとなり、わずか25nmの波長領域に分子振動を観測することになります。同じ波数範囲を有するラマンスペクトルを測定する場合、紫外のラマン分光ではより細かくスペクトルを分解する必要があり、高波数分解能(高波長分解能)の分光装置を使用しなければなりません[図2]。

ラマンシフトは




として得られ、波長と波数の関係を得ることができます。

図2.  励起波長による、同波数範囲で得られるラマンシフトの波長範囲の違い
図2.  励起波長による、同波数範囲で得られるラマンシフトの波長範囲の違い

分光器の選び方

ラマン散乱光を分子構造情報として把握する為には、ラマン散乱光を波数毎に分解する必要があります。グレーティングを用いることで、ラマン散乱光を波数毎に分解することができます。この波数を分解する力を波数分解能と言い、測定波長、グレーティングの刻線数、焦点距離、スリット幅と回折光の次数で決まります。 波数分解能は、波数 ν = L/λ (L: 1 cm, λ: 波長)の微分値 △ν = |-ν² △λ/L |から求まるので、

となります。ここで、波数分散は上の式のように波長分散 D と取得したスペクトルの中心波数ν、スリット幅 S で決定できます。 ツェルニターナー分光器では、この波長分散 D を分光器の焦点距離 f と刻線数 N と、取得した回折光の次数 m によって決定できます。

先ほど求めた、波数分解能を書き直すと

となり、波数分解能を高くし(△ν を小さくし)、ラマン分光を行うためには、分光器の焦点距離が長く、刻線数が多いものを選択することが重要になります。 紫外のラマン分光を行う場合は、短波長を用いることで波数分解能が低くなるので、分光器の焦点を長くすることや選べるグレーティング刻線数を多くすることが効果的です。また、結晶の応力測定では、スペクトルの僅かなシフトを観察するため、波数分解能を高くする分光器選びが必要です。

良い検出器

ラマン分光で用いられる検出器に求められる性能は、観察対象波長に対する量子効率の高さです。 高感度な光センサーの代表として、微弱な電荷信号を増幅させ光信号を高感度で検出するPMT(光電子増倍管)やAPD(アバランシェフォトダイオード)があります。 しかし、ラマン分光法では、分光された多波長の光を同時に検出することが好ましく、アレー状素子を配列させた2次元検出器が利用されます。 ラマン分光に用いられる2次元検出器は、冷却CCD(電荷結合素子)であることが一般的です。 蛍光を避けるために、近赤外領域でラマン測定することがあります。 その波長領域のスペクトルを観察するためには、InGaAs検出器が使用されます。 最近では、印加電圧で光電変換された電子を増倍させ検出感度を大幅に上げるEMCCD(電子増倍型CCD)が用いられています。 ただし、ノイズも増倍されてしまうため、信号対雑音比をあげることはできませんが、露光時間が1秒を切るような短時間測定を行う場合には、暗電流などのノイズを抑えた状態で電子増倍が可能なため、高速マッピングに有効です。 生体分子など、ごく短時間で起こる挙動変化を観察するときにも有効です。 検出器の感度は、以下に示す式で表せます。

量子効率=素子単位面積当たりの量子効率×素子のサイズ

検出の感度を上げるためには、裏面照射型CCDが使用されます。 検出器裏面を検出面として使用することで、読み出し回路面を直接照らし光電面を広く使うことができ、他のタイプの検出器に対して量子効率を大幅に改善しています。このタイプは、非常に弱いラマン散乱分析に用いられます。しかし、エタロニング効果によるフリンジが発生するため、長波長領域の測定が困難になります。 一方、広範囲な波長でラマン測定をする場合、エタロニング効果がない表面照射型が一般的に用いられます。

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